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思い出すこと

被災者だけど
多くのテレビで取り上げられているような被災者ではありません。

数日前から始まった震災特集。
見て涙することもなければ
どこか他人事のような
それくらい自分の生活が震災前と同じに戻ったということなんだなぁと
情けなく思ったり幸いに思ったり、の日々です。

友達からのLINEで、
あの時のことを思い出しました。
書けばキリがない。
あの時から何度も思い出して振り返りました。
もういいかな、って思ってた。
地震しか体験してない私がいくら書いても
なんだか世間の話題とズレてるようでね。

でもせっかく書いたから
友達に送ったのを貼り付けてみる。

***

なに?なに?って思いながら外をキョロキョロしてたら、外の人と目があったのが忘れられない。
みんながゾロゾロ公園に移動して、信号がつかなくて数時間かけてゆっくり家に帰ったこと。お腹空かせた娘と、偶然車に積んでたおにぎりを半分にして食べた。ノロノロ運転の中で、運転しながら授乳した。
バスに乗れないおばさん達を車に乗せて途中で降ろしたこと。ラジオから聞こえる必死の中継。何度も余震が来るたびに、チャイルドシートのベルトに手をかけた。すぐ逃げられるように。

***

地震の直前までビルの六階にいて
確か15時から歯医者だから、って外に出て
車で出発して何分後、ってところだったと思う。

全部が偶然だけど
全部がほんとに恵まれていました。

六階っていう高いところで被災しなかったこと。
おかげで娘は、地震に怯えることもなく、
慌てふためく大勢の人を見ることもなく、
異様な雰囲気を感じることもなくいました。

よかったのかどうか、判断しにくいけどね。

車を出せたことも幸い。
地震の後では駐車場が機能してなかったね。

車の中にいたことが幸い。
娘が停電の中で寒さに震えることもなく、
揺れても車の中だったので多分分かってなかったんじゃないかな。

当時1歳4ヶ月。
どちらにしても覚えてなかったかもしれないけど
でも少しでも恐怖を感じずにいてくれたことは
必死だった当時の私たちには救いだったように思えます。

連絡の途絶えた兄。
兄がどう過ごしていたか、
父と母で言うことが違うのでわかりません。
兄に直接尋ねることも
なんだか躊躇ってしまいます。

兄弟の中で
唯一直接津波被害を受けた兄。
きっと色んなものを見たのだろうな。

書けばキリがないけど
今日産まれる命もあるということ。
そこに何かをたくすのは生き残った人のエゴだと思うので

純粋に
誕生日おめでとう
と言えるといいな。
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ダラダラ書くのが好き。
出だしと終わりが全然違う話になっていたりします。
なので、タイトルは全く当てになりません。

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